箴言30章1節 ヤケの子アグルがソロモンであるなら

賢者が語る通りヤケの子アグルがソロモンのことだとすると・・・というあたりから

今朝ちょっと思いついた事があったので、書こうと思います。

ヤケの子アグルについて以前書いた事を前提条件として話を進めたいので、以前書いた記事から一部引用します。

(参照)箴言30章1節 ヤケの子アグル
https://kyudochu.blogspot.com/2024/08/blog-post_8.html

賢者たちは、「アグル・ベン・ヤケ(ヤケの子アグル)」はソロモン王自身のニックネームであると解釈しました。「アグル」は、ソロモンの別のニックネームである「ケハラット・ベン・ダビデ(ダビデの子ケハラット)"קהלת בן דוד"」と同様に、収集するという意味の言葉です。「ヤケ」は吐き出すという意味の言葉です。したがって、「アグル・ベン・ヤケ」とは、知恵の言葉を集め、それを他の人に教える人のことです。

 


ごくごく基本的なことから書くと、箴言30章の1節はどう見ても表題なのです。

דברי אגור בן יקה המשא נאם הגבר לאיתיאל לאיתיאל ואכל׃

דברי 一番初めに書かれている四文字、これは「言葉」という意味があります。

אגור בן יקה そしてその次にあるのがアグル・ベン・ヤケです。

で、アグル・ベン・ヤケという言葉はבןベンという言葉がある限りアグルもヤケも収集するとか吐き出すという動詞にはなり得ないわけです。なぜならבןベンとは「息子」という意味だからです。「吐き出すの息子の集める」と訳してもよいとは思いますが、息子だと言っている以上、それは人について言っているのです。
で、それはソロモンのニックネームだという事らしいのでそれはそれでよかったのですが、
なぜ、あえてそんな名前がここに書かれているのか、と少々疑問に感じたわけです。

ソロモンの言葉であるのなら、はっきりとそう書けばよいものを、そう書かないでわざわざアグル・ベン・ヤケ、と書いているのは、もしかすると、これから語ろうとしている二節以降の言葉が、「吐く」とか「収集する」という言葉に関連するという事なのではないか、と。

詩人のような言葉遊びというか、・・・まあ、重い宣告を書こうとしているのに遊んでいるとは思いませんが、聖書を読んでだれもが気付いていることとして、例えばホセア書で、子供に変な名前つける話があり、ああいう展開があり得る世界の人々なら、癖のある独特な名前を提示することで、それを使って何か読み取らせようとしているのかもしれないと思ったのです。


で、そういうことを思いついたとき、真っ先に気付いたのは1節の最後の言葉

2月に私訳を書いたときにあいまいなままにしてしまった וヴァヴが前に付いた「אכלウカル」でしたが、

ウカルとは読み方の指定があるのでウカルと読み、辞書では人名だと書いてあるわけですけれども
אכלはアカルと読めば動詞の「食べる」となり、オケルと読めば「食べもの」となるわけです。

で、これはどうでもよいことですがכלカル(「すべて」という意味)という言葉があれば韻が踏めるw・・・とか思ったり、


そういう「言葉遊び」のような視点で箴言30章を眺めてみたら何か見つかるだろうか、と思いまして、

いつものように眺めることにしました。

眺めた結果↓


4節にכלカル 5節にכלカル 8節にはליという謎ワード(また訳せない訳さないけど存在している言葉登場!)

10節と11節にはקללカラルという言葉がありました。呪うという意味の言葉です。

14節にはמַאֲכֶלֶתマケレト これはナイフという意味です。真ん中の三文字がウカルと同じ文字列。
そして14節にはもう一つ「むさぼり食う」というニュアンスでאכלアカルがありました。

そして15節、口語訳聖書だと「与えよ、与えよ」となっているところが
הב הב ハブハブという同じ動詞の繰り返しとなっていて

[au]という音が見えます。

ただそういうことを言い始めると15節において「蛭」はアルカで「四」はアルバで、「言う」という動詞はアマルですから[au]のオンパレードということになってしまいます。

そして17節、「יקהヤケ」を発見!17節のヤケは直接的にはヤケではなく、元の単語は

יִקָּהָהイクハ で17節ではליקהתリカハトという形で登場します。
辞書によるとイクハという言葉は、「服従や従順」の概念に関連する語源
יָקָה (yakah) から派生したとのことで、ヤケとは意味は違いますが、
ヤケの子アグルが書いた言葉だと言うにはちょうどいい言葉です。

で、もっというと17節のイクハの次の次にיקרוהイコロハという単語が現れ、

イコロハはもとの形はנָקַרナカールで、「穴をあける」というような意味なのですが、
こういう形になっていて、これも「יקהヤケ」が見える単語です。

で同じく17節、 נחלナハル「谷」という言葉があります。[au]という音が見えます。

そしてナハルの次の言葉がאכלアカル 食べるという意味です。

で、口語訳聖書で「はげたかがこれを食べる」というふうに翻訳されているところは

ויאכלוה בני נשר

とかいてあって 初めの単語の三文字目からがאכלアカルで

次の単語בניはベネイと読みますが、ベンのことです、息子です。

そして最後の単語はここでは「ナシェル」と読むそうですがワシとかタカのことで、

ויאכלוה בני נשרこの部分をアグル・ベン・ヤケをヤケの子アグルと訳すのと同じように訳すと

「鷲(鷹)の子」が食べる(アカル)ということになるのだと思います。


20節、

ありましたよאכלアカルが。

口語訳聖書では「彼女は食べて、その口をぬぐって、」と訳されているところ

「食べて」がאכלアカル


・・・・・・・




この感じだと・・・
30章は丁寧に一つ一つ単語を考えていきさえすれば

もうちょっと深まるような気がしますね。




それにしても、ヘブライ語の「語感」は翻訳だけだとわからないですね。

イシュとイシャとかアダムとアダマとか

聖書についている注で十分なのかもしれませんが

きちんと聖書をわかりたいので、ぼんやりゆっくり眺め続けますこれからも。

眺めたらきっと気付く。そしてわかる。