かすかな細い声は~誌面に書ききれなかった奇蹟

前例無き区域外通学ということで娘を隣の市の学校に入学させることになった私。
実は、この通学は無条件で許可されたのではなく、教育委員会から条件を出され、それを了承するということで許可していただいたのです。
いったいどんな約束かというと、
「学校の力を借りずにきちんと その地区に住む子どもたちと同じように生活させる」ということだったんですね。「それが出来るなら許可をする」というわけです。「出来ます」と即答した私でしたが、あとで冷静になって考えてみると、これがとんでもなく大変なことだったんです。もしかしたら、私が区域外通学をあきらめるようにと考えて条件を出したのかもしれないと今では思います。
「同じように生活させる」ということ、つまり私たちは、入学式までの残り数日間を使い、全く見ず知らずの小学校区で、まずは下記の1番目を何とかし、2と3も4月中にはすべて解決しなければならなかったのです。
1.登校
この学校の子どもたちは町ごとにいくつかの班を作り、集団で歩いて行くんですね。どこの班に所属させるんでしょうか。そして、私はどこで娘を車に乗り降りさせればよいのでしょう。車をどこに駐めればよいのでしょう。
2.学校内の活動
町内会の子供会単位で行なうんですね。どこの町内の子供会に入れるのでしょう。
3.PTAの活動
町内として学校の役員の一部を選んだり、交通指導(通学路での旗振り)をしたり、教育振興のための会費の集金も町内単位でおこなうんですね。これまでに例外も前例もないため、学校としてはどこかの町内に入ってもらいたいということなのですが、誰も仲介者がいません。どうしたらよいのでしょう。
皆さんだったらどうしますか?
実は「シロバナタンポポの奇蹟」と私は呼んでいるのですが、不思議な出来事が起こり、入学式の数日後までにすべてが一気に解決したのです。

これがシロバナタンポポです。
関東以西ではごくふつうに見られますが、群馬県ではそれほど一般的ではありません。
このタンポポのエピソードは「かすかな細い声は」にも書いたことですが、これから書こうとする奇蹟に関わりのあることですので、もう一度書こうと思います。
「かすかな細い声は」より引用ここから
「…ママが絶対何とかしてあげる。それにね、この世界をつくられた神様がついているんだから大丈夫に決まってる。ピッタリな小学校はどこかなーって神様がじっくり調べてくださっているのかもしれないよ。春のお花が咲いて、そうだ、ママは昔見たことがあるんだけど、白いタンポポが咲く頃になったらきっと小学校が決まるよ。」ここまで
「えー?ママータンポポは黄色いんだよぉ。白いタンポポなんてあるのぉ?じゃあ、学校が決まったら白いタンポポ見つけに行こうね。絶対ね。」
娘のみせた久しぶりの笑顔だったのに、私はその笑顔を見て、しまった、と思いました。
(本当に大丈夫なのだろうか。)
口先では信仰深いようなことを言ってはみても、すでに心の中は不安でいっぱいでした。
(その上また余計なことを言ってしまった。学校だけでなく白いタンポポだなんて。ここら辺で見たことなんかないくせに、見つけに行くったってどこに連れていくつもりなのよ。無理のオンパレード。何言ってるんだ私は。)
「シロバナタンポポの奇蹟」
2001年4月2日(月曜日)
その日はいいお天気でした。
入れる学校がやっと決まったので、とにかくどんなところにあるどんな学校か見てこようと、娘と二人出かけることにしました。
地図を見て、車を走らせます。
国道を右折。静かな道沿いの大きなお宅で咲く花木の明るさに目を奪われながら車を走らせると、まるで「ここに来て停まりなさい」と両手をひろげているような小さな社が目にとまりました。私はクリスチャンなので、神社に対してそういう感覚を抱いたことは一度もなかったので妙な気分ではありましたが、とにかく停まったほうが良さそうな感じだったので停車したということを記憶しています。
そして、この瞬間から奇蹟が始まります。
車を降りてみるとそこはちょっとした遊具を備えた小さな神社でした。駐車場はないのですが、この数十分後に知らされたのは、その神社の向かい側が公民館と消防車の車庫になっているためここには自由に使って良い広い駐車スペースがあるということでした。
停車してから地図でその場所を確認すると、学校からおよそ1.5キロメートル。
結論から言うと、この数十分後、送迎の場所は、きれいな花の咲く木陰と遊具と水飲み場と広い駐車場のあるこの場所に決まることとなります。
車を停めた私たちは、そこからリュックを背負って地図を見ながら学校に向かって歩き出しました。
通学路のマーク。両脇には麦畑やゲートボール場がひろがっています。
歩き始めてまもなくのこと。1台のワゴン車が私たちの前にスーッと止まり、次の瞬間誰かが窓から手を振り、しかしすぐに行ってしまいました。
「・・・誰だろう??」
よくわからないまま私たちは畑の横の細い道に入ります。
「あ、あっ!」
その瞬間私たちが目にしたのは、なんと畦一面に咲くたくさんのシロバナタンポポ。
「あれよ、あれがタンポポ、ほらあれが、あれが、白いタンポポ、シロバナ、しろばな、白花!!!」
焦りました。シロバナタンポポの群生にビックリしました。こんな光景を群馬で見るのは初めてでした。
「ホントだ!しろいたんぽぽ!すっごーい!いっぱい咲いてる!!ママの言ったとおりだ!
学校が見つかったらタンポポも見つかっちゃった!!」
あまりの驚きに私は言葉が見つかりませんでした。
小学校の手前は急坂でした。坂に沿ったところの校門の前でまずは記念撮影。
「そこのあたしゎこんど学校はいるん?」
ご近所の方だと思われるおばあちゃんに声をかけられました。
「はい。でも家が遠いので心配なんです。」
「だーいじょうぶだよぉ。心配しないったって。けっこうどうにかなるんさぁ。
あたし、いいこだねぇ、がんばんなょ。」
学校の中に入っていくと向こうの方には野球の練習をする子どもたちがいました。
と、その辺りからこちらに向かってお母さんと女の子が歩いて
・・・なぜかその人は私たちの方向に歩いてきます。
「やっぱりそうだったんだぁ。さっき車で二人に似た人を見かけたから。ほら手を振ったのわかった?」
こっちに向かって歩いてきた二人は、音楽教室で同じクラスだったSさんとお嬢さんでした。とは言っても、顔を見たことはあってもお話ししたことは1度もありませんでした。
「…実はこの子がこの小学校に入学することになって…」
「え?急なお引っ越しか何か?」
「そうではなくて、区域外通学で…」
その時初めて知ったことでしたが、彼女は、この学校の校区に住んでいる方でした。そして、うちの娘と同じ年のお嬢さんのほか高学年のお兄ちゃんとお姉ちゃんを育てているベテランPTAでもありました。
ご主人がお医者さん、そして彼女は看護師さんで、私の話をよく理解して聞いてくださいました。そして、登校班については自分の一存で決められるからと、娘を招いてくださいました。
そして驚いたことに、この方のご自宅はあの車を停めた神社の近くだったのです。
「いつもはね、大会でもなければお兄ちゃんの野球の練習なんて見に来ないのよ。でもね、今日はなんだか急に行ってみようという気になって下の子を連れてきたんだけど、
そしたら、子どもが突然『音楽教室で一緒の●●ちゃんに似てる人が歩ってる』て言うからビックリしちゃった。それにそんな事情があったなんてね。
…登校班に入ってないとこの学校じゃいろいろ困るよー。
それにしても学校が何も教えてくれてなかったなんて信じられない。斡旋もしてくれないんだ。
…でも、すごいねー。こういうの奇蹟って言うんかねー。」
入学式の翌日
さっそく娘はSさんの登校班に加えていただいて登校しました。そして、そこでまた奇蹟がおこります。
「いつもはそんなことしないんだけど」
と、あとで私に笑いながら教えてくださったのは、その年の、その町内の育成会会長だったIさん。
その朝、娘が入れてもらった登校班の列とすれ違ったIさんは何だかちょっとした違和感を感じて登校班の人数を数えたそうです。そして、気付いた見知らぬ名前。
(Sさんにあとで聞いてみよう)
と思ったそうです。
が、それよりも先に出会ったのが、その日町内の会議に一緒に出たAさん。
Aさんはそこの町内に住んでいない人なのですが、ご両親の家がこの町内にあるそうでその日はどうしても都合がつかないご両親に代わり、会議に出ていたのです。そこで何年かぶりにIさんに出会います。
Iさんはいろんな話をする中で、ふとその朝の見知らぬ1年生のことを思い出し、何となくそのことを話したくなって「こんな事があったんよ」とAさんに話したそうです。
すると、Aさんはびっくり!
「その子、うちの園を卒園した子だ!」
Aさんは我が子が卒園した幼稚園の主任先生だったのです。主任先生は私がかつて働いていた学校の卒業生だったこともあり、懐かしい学校の話をしたりして在園中から親子共々とても親切にしていただいておりました。
担任の先生には電話で小学校に入れることになった旨をご報告したのですが主任の先生は担任の先生から具体的な学校名などの報告はなかったそうで、まさかこういう事になっているとは思ってもみなかったそうです。
IさんとA先生が出会った会議の翌日、我が家にA先生から電話がかかってきました。
私の全く知らないうちに知らないところで、いろいろな事が起き、皆さんが娘の事情を理解してくださり、動いてくださり、
「子供会もPTAも全部この町内で引き受ける」ということにしてくださったという報告でした。
道で最初に出会ったSさんご一家とA先生のご一家の町内での「信用」によって私たちは受け入れていただけることになったのでした。
小学校の卒業式の日、SさんとSさんのお嬢さんたちと6年間の感謝とお別れの食事会に行きました。
「それにしてもあれはすごいし不思議だった。あれがなかったら今はなかったよね」という話で盛り上がりました。
最近はお会いしておりませんが、Iさん、A先生とも、「世の中不思議な事ってあるもんだね」とよくお話ししたものです。
主の山には備えがある
神様の、娘と私に向けられたやさしいまなざしを思います。
つらい中にも良い経験をさせていただきました。
ところで…あのシロバナタンポポの群生地は、開発によって翌々年には完全になくなってしまいました。
この記事に貼ってある画像は娘が2年生の時に「群生している状態ではないもの」を当時買ったばかりのデジカメでとったものです。