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【調べ学習】神殿について

あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。 コリントの信徒への手紙一3章16節 一コリントの通読をしております。3章を読んでいる中で「神殿」という言葉が気になったので今日は神殿について BIBLE HUB   http://biblehub.com/ を使わせていただいての調べ学習をしようと思います。 まずは英語から NIVでは Don't you know that you yourselves are God's temple and that God's Spirit dwells in your midst? とあり、神殿はGod's templeという風に訳されています。 で、ほかの訳ではtemple of GodとかGod's sanctuary、sanctuary of Godなどと訳されていますが、God's templeまたはtemple of Godというのが多数派です。   次にギリシャ語templeに該当するところは ναὸς  (naos)という語で 新約聖書全体では ναῷ で 8回  ναοῖς で 1回  ναὸν で 13回 ναὸς という形で 10回 ναοῦ で 12回 ναοὺςで 1回   「ναὸς」が使われている御言葉は(日本語の聖句は新共同訳から引用しています)   マタイ2:17「黄金を清める 神殿 」 ヨハネ2:20「この 神殿 を建てるのに46年も」 一コリント3:16「自分が神の 神殿 であり」 一コリント3:17「神の 神殿 」 一コリント6:19「聖霊が宿ってくださる 神殿 」 黙示11:19「天にある神の 神殿 」 黙示15:5「天にある証しの幕屋の 神殿 」 黙示15:8「この 神殿 は、神の栄光と」 黙示21:22「主と子羊とが都の 神殿 」     そして、 Thayer's Greek Lexicon STRONGS NT 3485: ναός によれば、 このギリシャ語はヘブル語の הֵיכָל に該当する言葉で、 http://biblehub.com/hebrew/1964.htm BIB...

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コリントの信徒への手紙一1章21節 神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになった 新改訳第3版でここはこう訳されています。 神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められた  「宣教という愚かな手段」、「宣教のことばの愚かさ」、というパウロの言葉を繰り返し読みながら 「神さまというお方は、いつもこうなのだ」 と思いました。 そもそも、 神さまはイスラエルを、強く大きく期待大だったから選んだのではなく、むしろ彼らが貧弱だったから選んだのでありました。(申命記7章6節参照)   いつも神さまは、人間が好んで選びそうな「効率が良い」とか「体裁が良い」とか そういうのとは真逆を行かれます。 主は 小さくて弱いものを ご自身の御力によって 大きく大きく強く強くしてくださる。 そして主は、 幼子、乳飲み子の口によって力を打ち建てられる。   「大きく大きく」とタイピングしながら、 「 マグニフィカティオ 」という言葉を思い出しました。 イエスさまのお母さんであるマリアが神さまをほめたたえる「マリアの賛歌(マグニフィカート)」ルカ1章46節。マリアの最初の言葉「わたしの魂は主をあがめ」というのは ラテン語で、マグニフィカティオ=大きくする 神を大きく大きくする 自分は小さく、ますます小さくなっていく 賛美とは本来そういうものなのですね。 賛美とは 神を大きく大きくする 自分は小さく、ますます小さくなっていく ということ。     そう書きながら 今度はミカ書6章8節が思い出されたのでありますが 人よ、何が善であり 主が何をお前に求めておられるかは お前に告げられている。 正義を行い、慈しみを愛し へりくだって神と共に歩むこと、これである。  「へりくだって神と共に歩む」とは ちょうど「神を大きく大きくする 自分は小さく、ますます小さくなっていく」と同じ意味であって そういう中で神さまは 小さくて弱い私たちをご自身の御力によって大きく大きく強く強くしてくださる。 ところで、 聖書には「大きくて強い」と思い込んでいた教会の話が書かれていました。 黙示録に登場するラオディキア教会。 ラオディキア教会と言えばなまぬるいというイメージがありますが、 ...