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やっぱり桃饅頭を買ってきた

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  今日は「尚食(しょうしょく)」というタイトルの中国ドラマの第何話だったかを見て(…中国のお料理おいしそう)と思いつつ・・・ふと外を見ると雨が降っておらず 冷凍の桃饅頭を買ってきましたぁ(結局買ってきた) そしたら、お支払いがぴったり5000円(税込)でしたぁ~(⋈◍>◡<◍)。✧♡ レジのお姉さんとひとしきり盛り上がってしまったww。 (((o(*゚▽゚*)o))) 秋には乾燥が進むからショウガは食べない方がいいというようなことを ドラマ「愛你」の何苏叶医生が言っていたのですが、道路に藻が生えるほどですし( ̄▽ ̄;) 少量なら大丈夫でしょう。(これもホー先生が言ってたような気がする) しょうが湯は近所のおばあちゃんに分けてあげよう。

ハバクク書1章を読んで心を整えた

 こうして、彼らは風のようになぎ倒して行き過ぎる。彼らは罪深い者で、おのれの力を神となす。ハバクク書1章11節(口語訳) 神さまはご自身の民ではない傲慢な異教の国々さえお用いになり、 御心を成就させるお方です。 すべてのことは神さまの支配下にあります。 「おのれの力を神となす」者は、今、一見すると力を持っているのです。成功し、富を持ち、「世の」だれもがうらやむような状況、立場にあります。一見すると、神さまがともにある豊かさのように見えるかもしれません。 しかし、世の王たちの支配は一時的なものにすぎません。「おのれの力を神となす」者は滅びます。神さまの言葉に従わず正義を行わない者は滅びます。 神さまが最も良い時に事をなしてくださるということに期待することができますように。 究極の勝利者である「主」ご自身の視点を、 一時的なものではない永遠という視点を、持つことができますように。 「おのれの力を神となす」者は、バベルの塔を作ったニムロドのように創造主に対する畏怖の念がありません。(ちなみに、ヘブライ語でバベルというのはバビロンと同じ綴りです 非常に象徴的な言葉ですね。) 畏怖の念がない、「科学的にぃ~」と語る科学者ではない偉そうな人々は、科学とは万能なものであると思い込んでいます。 しかし、科学とは基本的には過去の経験に基づくものですから、未知のことが起これば対処できません。 ・・・ということを「おのれの力を神となす」者は全く考えていません。 なにせ未来の見えない人間です。一秒先のことも分からないのが人間です。 ・・・ということを「おのれの力を神となす」者は考えず、優秀なブレーンをはべらせた~とか思いつつ万能感に浸っています。 でも、最後は先日の箴言30章1節(私訳)のようになります。想定外のことに対処できないままに衰退していくのかもしれません。 創造主であられるお方はすべてご覧になっています。 信仰の諸先輩方がそうであったように、苦しみの今は耐え忍び、 主を信じ、主のタイミングを待ち望みましょう。 主は私たちをお見捨てになるような御方ではありません。 苦しみの中にも必ず希望となる何かが喜びとなる何かが与えられます。 祈りましょう。

桃饅頭を買いに

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テレビで桃饅頭を見て、「あ、あれ、食べてみたかったのに食べられなかったやつ」だと30数年前の記憶がよみがえってきた。そう、食べられなかったのは、自分の結婚式でのこと。あれ以来桃饅頭に出会うことのない人生だったので、まだ一度も食べたことがない。 で、思い出したらやたらと気になってしまい、どこかで売ってないだろうかと検索したら業務スーパーに売っているらしいと知り、先日、隣の市にある業務スーパーに行ってみた。 で、確かに売っていたんだけど・・・なにかが違う(笑)そりゃねえ、バブルのころの日本の結婚式場が出したごちそうの中にあった桃饅頭とこの時代の業スーで売ってる桃饅頭が同じであるわけがない。同じだったら・・・むしろその方がおかしいだろう。 そんなわけで、桃饅頭のために出かけたはずだったのに桃饅頭を買わず、(買わないんかい) 桃饅頭の隣にあった「台湾大根もち」というものを・・・全く桃饅頭との関係はないのだが、買ってみることにした。たぶん、昔見たドラマ「 おしん 」を思い出したのだと思う。あ、でも、「おしん」に出てきたのは「大根もち」ではなく「大根めし」ではなかったか?・・・今気が付いた。 まあとにかく、そんなわけで大根餅をかごに入れ、あっという間に桃饅頭のことを忘れ、「餅だ、餅だ、」と心の中でつぶやいていたら、以前KBSで見た떡볶이トッポッキというものを思い出し、なんだか急に食べたくなって、冷凍食品ではない見るからにお餅っぽい「国産米トッポッキ」というものをかごへ。 で、こんどは「トッポッキ、トッポッキ」と心の中でつぶやいていたらなんとなく購買意欲がわいてきて、ローリングストック用にポップコーン1㎏と、ナツメとクコの実と、「沙其馬」というお菓子をかごに入れてレジでお支払い。 帰宅後、小腹がすいていたので早速「沙其馬」を食べてみた。 「雷おこし」のようなものかと思って買ったのだが、食べてびっくり。スポンジケーキレベルの?柔らかさと甘さ。おこしを基準に考えると大きさも大きいし、揚げ菓子なので一つで十分。レーズンも入っていて、これはいい。 そして、夕食に「トッポッキ」。 お餅というよりお団子に近い食感ですかね。これは自由にアレンジできそう。たっぷり入っていたので、既定の食べ方のほかに日本の一般的なカレーとトマトスープに投入してみたが、なんにでも合う感じ。五平餅とか焼きまんじゅうみ...

箴言30章1節 私訳

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 ヤケの子アグル (すなわち トーラーを良く学び知識が豊富で 人々にトーラーを教えるソロモン)による 重い預言の言葉 大胆不敵で強じんな男 自分を神に選ばれた完全な者だと考え 神を自分の後ろに置く者 自分は神に選ばれた完璧な王だと考え トーラーに聞き従わない者は 衰えやつれて その終わりを迎えることになる 旧約聖書 箴言30章1節 (私訳の試み 2026年9月の段階) ここまでの流れは このブログのカテゴリー「 箴言30章1節 」をご覧ください。

箴言30章1節「ウカル」を3615番としてみると

ダビデの子、イスラエルの王ソロモンの箴言。 これは人に知恵と教訓とを知らせ、悟りの言葉をさとらせ、 賢い行いと、正義と公正と公平の教訓をうけさせ、 思慮のない者に悟りを与え、若い者に知識と慎みを得させるためである。 賢い者はこれを聞いて学に進み、さとい者は指導を得る。 人はこれによって箴言と、たとえと、賢い者の言葉と、そのなぞとを悟る。 箴言1章1~6節(口語訳) 箴言1章1~6節を読んで思いました。 聖書にあるソロモンの箴言は、私たちを教え導いてくれるものであって、迷宮の中に閉じ込めるものではない。だから、箴言によって混乱してしまうのはおかしい、と。 だから、箴言30章の冒頭の一文も読めばきっとなにかの役に立つ言葉だろうと。 混乱するのは何か勘違いをしているからにちがいない、と。 そんなわけで、前回書いたときから1年経った今でも引き続き考えているのですが、 今日は、経過というか、BIBLE HUBの辞書を眺めたりして思ったことを記録として書きのこしておこうと思います。 どうもね…ウカルがね…よくわからないんですよね… 箴言30章1節のウカルはStrong's Hebrew では401番に分類されている単語で、 ウカルとはストロングの辞書によれば אֻכָל  という単語の前にヴァヴが付いた וְאֻכָֽל であると考えられています。 Topical Lexiconによると、 「ユダヤ教の伝承では、イティエルとウカルは弟子同士だという説がある」そうで、それに基づき、「キリスト教の注釈者の中には、アグルという人が二人の熱心な生徒に語りかける教師と見なす者もいる」のだそうです。 あ・・・一応書いておかねば。 Topical Lexiconからの引用に「伝承」という言葉がありましたね?プロテスタントの皆さんは基本的には「伝承」をスルーしなければなりません。「聖書のみ」ですからね。有益な伝承は利用するという話はありますけれども(ご都合主義かw)、有益か無益か有害か、そんなのこれだけでは判断つかないですからね、伝承と書いてあるものは参考にはなさらぬようお気を付けください。('◇')ゞ Topical Lexiconからの引用を続けます。 「ヘブライ語の子音は短い祈り(「神よ、私は疲れ果て、疲れ果てています」)と解釈できると指摘する者もいるが、マソラ本...

「聖」には「完全」という意味はない

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  【関連する記事】 聖ということ https://kyudochu.blogspot.com/2019/09/blog-post.html ベレシートと冒頭に書かれているトーラー そして「聖」 https://kyudochu.blogspot.com/2024/12/blog-post_16.html

【調べ学習】2つのהヘーにはさまれた3文字の単語

 前回の調べ学習で、 ג ギメルが2つの ה にはさまれた הגה に「かなかすを取り除く」というみ言葉の「取り除く」という意味があるということを調べました。 そのことについては、いつものように辞書を調べたらそういう言葉だったというだけのことで、それほど深く考えてはいなかったのですが、たまたま今日、本当にたまたまなのですが、読んだ箇所に2つの ה ヘーにはさまれた単語を見つけまして הַוָּה   Strong's  Hebrew 1942 havvah ハヴァ これは Mischief, calamity, desire, ruinという意味があり、 聖書には15回登場する言葉でした。 いたずら、災難、欲望、破滅!って・・・。 で、1943番にも同じ文字列の単語があり、そちらは  הָוה ホヴァと読み、 イザヤ書47章11節、エゼキエル書7章26節に2回 計3回聖書に登場するだけのレア語でした。 で、1943番についてTopical Lexiconには 標的に「降りかかる」圧倒的な災厄を「襲う」という意味合いを持つ。そのイメージは、何かが自ら崩壊していく様子、つまり突然かつ避けられない破滅を暗示している。この言葉は、ありふれた苦難には決して用いられず、あらゆる人間の防御を打ち破る、神によって定められた大惨事を象徴する。 😟 たまたまとはいえ、2つの ה ヘーにはさまれた単語を3つ知ってしまった上、それぞれにこんな意味があるのでは・・・この際 ג ギメルと ו ヴァヴ以外の文字を挟んだらどんなことになってしまうのか調べておいた方がいいんじゃないかという思いになりまして、ちょっと調べてみました。 הָדָה   Strong's  Hebrew 1911 hadah ハダ 1911番はイザヤ書11章8節1か所に使われていて「手を伸ばす」という意味です。 乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は 手を まむしの穴に 入れる。 (口語訳) この箇所は悪いお話ではないわけですが、なかなかな場面。 הָזָה  Strong's  Hebrew 1957 hazah ハザ 1957番はイザヤ書56章10節にだけ使われている言葉です。「夢を見る」という言葉。 見張人らはみな目しいで、知ることがなく、みな、おしの犬で、ほえることができな...