メシアの命を生きる
(お蔵入りした2016年8月22日に書いた記事を公開) 「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」 (略) 「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」 (略) 「娘よ、起きなさい。」 (略) すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。 ルカによる福音書8章50~55節 今日はルカによる福音書の8章40節から56節までを読みました。 会堂長ヤイロの12歳ぐらいの一人娘に起こった出来事について書かれているところです。 以前にもマルコの福音書のところでヤイロのお嬢さんの話を書いたことがありますが、 今日もまたヤイロのお嬢さんの件で思うところがあったので書こうと思います。 冒頭に引用した御言葉は、ヤイロのお嬢さんが「亡くなった」という報告を受けたあとにイエスさまがおっしゃった言葉と、ヤイロのお嬢さんが起き上がったという場面について書かれた御言葉です。 ヤイロのお嬢さんが「亡くなった」という報告を聞いて、イエスさまがまず最初におっしゃったのは 「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」 という言葉でした。 いったいこれはどういう意味なのでしょうか。 他意はなく、文字通りのことだ、とは思うのですが、 死にかけている一人娘のもとに、イエスさまに来ていただこうと必死の思いで歩みを進めていたヤイロ。そこに知らされた「亡くなった」という知らせ。 そのヤイロにかけられた主のこの御言葉をヤイロはどんな思いでとらえたのでしょうか。 また、私たちは、このヤイロの立場に立ったとき、主の御言葉をどのように聞くのでしょうか。 「恐れることはない」 ヤイロは、そして私たちは何を恐れているのでしょう。 ヤイロ、そして私たちが恐れているのは「死」です。 生きていると、毎日いろいろな場面に出くわしますが、 結局、「恐ろしい」と思うのは自らの死、大切な人の死であります。 事件や事故にしても台風や地震や津波のことにしても 恐ろしいと思うのはいのちを脅かされると思うからです。 そして今、この場面でヤイロはまさに「死」に直面している。 大切な、大切な一人娘のいのち。 先ほど「『恐ろしい』と思うのは自らの死、大切な人の死」 ...