マルコ1章15節(9)「神の国」とミカ書2章
今日は「神の国」に関して、わかったようなわからないような状態で放置している御言葉について考えたいと思います。 (本日も口語訳聖書からの引用です) マタイによる福音書11:12 バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。 ルカによる福音書16:16律法と預言者とはヨハネの時までのものである。それ以来、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆これに突入している。 たぶん、ここの箇所について教わることがないまま教会という場所を離れてしまったのだと思いますが、いったいこの二つの御言葉はどういうことを表現しているのでしょうか。 トーラーを持つ民が長い長い間待ち望んでいた「神の国」がすぐそこにあると知ったなら襲ってでも奪おうとする気持ちになるのは当然でしょうし、入れるとわかっているのなら当然突入していく・・・のかもしれませんが。 この二つの御言葉は、日本語に翻訳された聖書で読むとわかりにくいのですが、ギリシャ語の聖書で読んでみると内容的にとても近いことを語っているのだということに気付きます。 Strong's Greek 971 βίαζομαι ビアゾ この言葉がこの二つの御言葉両方に使われています。 力を使って攻撃をして強制的に何かを掴むというような「強制する」という意味なのだそうですが マタイ11:21「激しく襲われている」とルカ16:16「突入している」が、この言葉で表現されています。 そして、興味深いことに、この言葉は聖書の中でこの二か所だけに使われているのです。 さて、この二か所には同じ言葉が使われているのだとすると 「激しく襲われている」ということと、「突入している」という日本語は交換可能である、ということになります。 「天国は激しく襲われている」というマタイの言葉は「天国に突入している」と言い換えられ、 「人々は皆これに突入している」というルカの言葉は「人々は皆神の国を襲っている」と訳しても構わないということです。 ちなみにマタイの「激しく襲う者たち」という表現は971番ビアゾの派生語で Strong's Greek 973 βιαστής です。 これはこれ一語で「暴力的な男」...