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箴言30章1節 私訳

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 ヤケの子アグル (すなわち トーラーを良く学び知識が豊富で 人々にトーラーを教えるソロモン)による 重い預言の言葉 大胆不敵で強じんな男 自分を神に選ばれた完全な者だと考え 神を自分の後ろに置く者 自分は神に選ばれた完璧な王だと考え トーラーに聞き従わない者は 衰えやつれて その終わりを迎えることになる 旧約聖書 箴言30章1節 (私訳の試み 2026年9月の段階) ここまでの流れは このブログのカテゴリー「 箴言30章1節 」をご覧ください。

「聖」には「完全」という意味はない

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  【関連する記事】 聖ということ https://kyudochu.blogspot.com/2019/09/blog-post.html ベレシートと冒頭に書かれているトーラー そして「聖」 https://kyudochu.blogspot.com/2024/12/blog-post_16.html

「完全」という意味を持つ二つのヘブライ語

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完全という意味を持つヘブライ語には二つあって、それがトムとタミムなのですが、 トムという単語に ים がつくとタミムになりますので、 トムという言葉が表す「完全」と タミムという言葉が表す「完全」を比較したら、 ים (イム) の意味が分かるのではないか、と思って比較してみたわけです。 ים という言葉は、一般的には複数形を表す、 つまり、英語でいうところのsとかesにあたる言葉 だとされているのですが、 もしも「いつでもとにかく ים イムを見たら複数と思え」ってことだとしたら、 …「完全」の複数形ってなんでしょう? リンゴが一個、リンゴが二個・・・ せんべいが一枚、せんべいが二枚・・・ 完全が一つ、完全が二つ??? この画像のもとになっている記事はこちら 「完全」という言葉(2)「エロヒム」と「タミム」のイム https://kyudochu.blogspot.com/2024/12/blog-post_10.html 追記: תם トム(タム)をベースにして 「ים」 が付き、 תמים タミム と当然のように書いていますが、 タミムは תמ に ים がついているのでは、と思われた方がおられるかと思います。 מ はメムと読み、普通はこの形の文字なのですが、 単語の最後にこの文字が使われている場合には ם という形になっています。 ヘブライ文字 22文字のうち5文字だけにこのような語末形(ソフィート)があります。 כ カフ 語末にくると  ך מ メム 語末にくると  ם נ ヌン  語末にくると  ן פ ペー 語末に来ると ף צ ツァディ 語末にくると ץ ヘブライ語聖書を読む上でウィキペディアはとても便利な参考書です。

あの日からずっと心にあったみ言葉

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今朝は月桂樹の剪定をしました。ヘクソカズラが絡みついていて大変でした。 3.11以降、 この木(ゲッケイジュ)も他の木同様いろいろありましたが なんとか生きつづけています。 さて、 ムラサキツユクサの花の変異を初めて目にしたとき思い浮かんだのは エゼキエル書33章のみ言葉でした。 このブログではなく あのブログ をずっと公開し続けてきたのは、 エゼキエル書33章4~6節のみ言葉のゆえです。 責任は果たさねば、と。   しかし人がラッパの音を聞いても、みずから警戒せず、ついにつるぎが来て、その人を殺したなら、その血は彼のこうべに帰する。 彼はラッパの音を聞いて、みずから警戒しなかったのであるから、その血は彼自身に帰する。しかしその人が、みずから警戒したなら、その命は救われる。 しかし見守る者が、つるぎの臨むのを見ても、ラッパを吹かず、そのため民が、みずから警戒しないでいるうちに、つるぎが臨み、彼らの中のひとりを失うならば、その人は、自分の罪のために殺されるが、わたしはその血の責任を、見守る者の手に求める。 エゼキエル書33章4~6節(口語訳)   画像は2015年12月10日6時34分の朝焼けを背景にしています。 その朝、空を見上げて、うわ~😖と思い、その時同時に頭の中に浮かんできたエゼキエル書33章4~6節を文字にして、上に貼ったような画像となりました。 全然関係ない話ですが、 自由研究をまだやっていないお友達は今日から二週間、毎日同じ時間の同じ場所から空の写真を撮ってみたらどうでしょう? 大人もね、あまり空なんて見上げない毎日かもしれませんが同じ空は二度とありません。 神さまのつくられた大空 朝も昼も夜も、とってもきれいですよ。

虹と弓

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  この画像のもとになった過去の記事 【調べ学習】弓とヘブライ文字ק(クフ) https://kyudochu.blogspot.com/2022/02/blog-post_3.html

創世記2章6節 私訳

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  これまで学んできたあれやこれやを考えながらインスタ用の画像をつくったことがありました。ただ、インスタはツユクサの変異専用にしたのでこれは没画像です。 既存の聖書の訳には少ない「水蒸気」という訳語をあてたのは、ここに使われているヘブライ語Strong's108番 אֵד が、BIBLE HUBのStrong's Exhaustive Concordanceではミストとか蒸気と定義されていたからです。 108番は、聖書ではもう一か所ヨブ記36章27節にしか登場しないレアな言葉です。で、そのヨブ記36章27節はよく言われるように地球における「水の循環」に関する記述となっているわけです。 彼は水のしたたりを引きあげ、その霧をしたたらせて雨とされる。 ヨブ記36章27節(口語訳) ただ、ここで問題なのは、ヨブ記36章27節の言葉を語った人はどうしてそのような「水の循環」などという高度な科学的な知見を語れたのか、ということです。 地球上で水が循環しているという考え方は16世紀以降の知見です。にもかかわらず、これが当然のこと、みんなが知ってる真理だよねと言わんばかり、断定的に語られているのはなぜなのか、という疑問が生まれます。 で、この疑問には二つの答えが予想できるわけですが、 一つはヨブ記の当時、すでに水の循環に関して断定的に語れるような共通認識があったから、ということで もう一つは、聖書の書かれた時期が嘘だから(-_-;) でも、極力!極力!後者は排除したいと思いますし、いくらなんでもここまで嘘ってことはないだろうと思いますので答えは前者ということで話を進めます。 で、前者であると仮定すると、たぶん、「トーラーにあることだから真理」だとみんな信じていた、ということではないか、と。 ならばそれはトーラーのどこにあったのか考えながらヨブ記36章27節をもう一度読んでみると、創世記2章6節の内容にリンクしている部分のあることに気づきます。 口語訳聖書から二つの文を引用し並べてみます。 しかし地から泉がわき あがって  土の全面を潤し ていた。 創世記2章6節 彼は水のしたたりを引き あげ 、その 霧をしたたらせて 雨 と される。ヨブ記36章27節 細かい表現に違いはありますが、要するに「水が上にあがり、あがったら地表に注がれる」ということであるわけです。 口語...