これは、預言者イザヤを通して言われたことが実現するためであった。 「見よ、私の選んだ僕 私の心が喜びとする、私の愛する者を。 この僕に私の霊を授け 彼は異邦人に公正を告げる。 彼は争わず、叫ばず その声を大通りで聞く者はいない。 公正を勝利に導くまで 彼は傷ついた葦を折ることもなく くすぶる灯心の火を消すこともない。 異邦人は彼の名に望みを置く。」 マタイによる福音書12章17~21節(聖書協会共同訳) 見よ、私が支える僕 私の心が喜びとする、私の選んだ者を。 私は彼に私の霊を授け 彼は諸国民に公正をもたらす。 彼は叫ばず、声を上げず、巷にその声を響かせない。 傷ついた葦を折らず くすぶる灯心の火を消さず 忠実に公正をもたらす。 彼は衰えず、押し潰されず ついには、地に公正を確立する。 島々は彼の教えを待ち望む。 イザヤ書42章1~4節(聖書協会共同訳) アイロンがけをしながら、小さな単語カードに書いておいた御言葉をなんども繰り返して読み、考えておりました。 「彼は争わず、叫ばずその声を大通りで聞く者はいない。」 ―――イエスさまの声を大通りで聞く者はいない――― 「大通り」は、ギリシャ語で πλατύς と書いてあります。これは Strong's Greek 4113 πλατεῖα が原形で、通り、広場、広い道という意味があります。 4113番は聖書には9回登場していて、 マタイによる福音書ではあと一箇所、6章5節で使われています。 「また、祈るときは、偽善者のようであってはならない。彼らは、人に見てもらおうと、会堂や 大通り の角に立って祈ることを好む。よく言っておく。彼らはその報いをすでに受けている。(聖書協会共同訳) さらに調べると、この4113番はStrong's Greek 4116 πλατύς に由来する単語だとNAS Exhaustive Concordanceには書いてあります。 4116番は聖書の中にはたった1度しか登場しない言葉です。そしてそれはマタイによる福音書7章13節の「大きく」と訳されているところに使われています。 狭い門から入りなさい。滅びに至る門は 大きく 、その道も広い。そして、そこから入る者は多い。(聖書協会共同訳) イザヤ書42章2節のところで「巷」と翻訳されているところはヘブライ語では חוּץ...