趣味がらみで「風」という言葉に思ったこと

  台所に貼ってあるヘブライ語の創世記1章1節のとなりには今、人生で初めて見た中国のドラマ「爱你〜The Best Thing〜」で流れていた薩吉さんというアーティストの「最好的事」という歌の歌詞が貼ってある。「爱你〜The Best Thing〜」というドラマは、映像も音楽もほんとうに素晴らしく、衝撃を受けたのだが、音楽では特に薩吉さんの「最好的事」という曲が「中国語を全く知らない」還暦の婆さんの心を射抜いた。
 実のところ、私はイタリアの歌曲を朗々と歌い上げるような、そういうタイプの歌手が好きなので、「透明感がある」と評されるような歌い方、歌手は苦手、というか、嫌いなはずだったのだが、この歌は本当に良くて、白文を(←漢文かw)せっせと手書きで写しとり、毎日朗読している。
 そんなきょうこの頃、今朝は最好的事の歌いだしにあり最後にもう一度繰り返される
「你就像一阵温柔的风」という部分と、2コーラス目にある
「深秋风中 拥你入胸怀」という部分に共通して含まれている「风=風」という言葉がとても気になった。

 「風」という漢字を日本語で読むなら、「かぜ」であり「フウ」だが、薩吉さんの歌を聴いていると「ふぉん」というような音が聞こえてくる。「风=風」の日本語読みの「かぜ(尖って強い感じの音)」 でも「フウ(抜けたような通り過ぎていく感じの音)」でもないふわっとした「ふぉん」という音を聞くたびに、たぶん私の頭には同時にシフォンの生地やシフォンケーキがイメージされ、さらにこの詩では「風」の前に「柔」という言葉があり、「柔」は「その漢字の意味だけは間違いなく知っているであろう日本人」の私が知るような「ジュウ」でも「ニュウ」でもなく「ろう」というような音にきこえるため、とても丸く穏やかなイメージが強調されて「ふぉん」をもっと「ふぉん」にしているように感じる。

 そういうことを感じながらさらに2コーラス目の「深秋风中 拥你入胸怀」を読むと、この詩人の書いている「風」とは、日本人の私が考えるような印象やニュアンスとは異なり、ヘブライ語のルーアハに近いものがあるのではないか、と思ったのだ。隣に貼ってあるヘブライ語の創世記1章1節と思わず見比べてしまった。

 すると、私の脳は昔学校で教わったような気がする老荘思想をただちに思い出し、・・・あ、「道」
「道」だと思った瞬間、旧約聖書の箴言にたくさんある「道」を思い出した。

 じつは、「爱你〜The Best Thing〜」きっかけでTCMについても学び始めたのだが、中国伝統医学の考え方って色眼鏡を外して眺めたら旧約聖書の思想だよね、と思うことがあり、
そして、ドラマの中でも垣間見えたTCMへの迫害?の根底には選民対アマレクのような霊の戦いがあるのでは?と思った。(自由に思索する日々です。不快に思われる方にはごめんなさい)

 「爱你」で何蘇叶がやっていたような棒灸はまだ試していないが、ドラマを見て以降、せんねん灸を買って毎日続けているw。お灸に火をつけるためにろうそくとマッチを買ったら、なんとなく今度はお香にも興味がわき、「薬屋のひとりごと」の壬氏さまの香りでおなじみの白檀のお香を購入、時々焚いている。仏教寺院の香り(* ̄▽ ̄)フフフッ♪
(小さいころ、父親の葬儀で大量のお線香がたかれたことがきっかけでお線香が大嫌いになり、「そんなことならキリスト教徒になるしかないじゃない!」という意味不明なアドバイスを母親からもらったことがきっかけでクリスチャンになった人が言うとは思えない信じがたい衝撃の発言w棄教後の行き場のないエネルギー激しすぎ)
 そんな状態だから、「爱你〜The Best Thing〜」で知った菖蒲を入れた匂い袋を試してみたいのだが、・・・菖蒲を栽培するところから始める必要がありそうな感じ。でも、お節句のころならば手に入るのかな。
20年前だったらさっさと始めさっさとチャレンジできただろうけど、「いろいろな意味で」今は無理だ。

 あー植物育てたい!