趣味がらみで「風」という言葉に思ったこと
台所に貼ってあるヘブライ語の創世記1章1節のとなりには今、人生で初めて見た中国のドラマ「爱你〜The Best Thing〜」で流れていた薩吉さんというアーティストの「最好的事」という歌の歌詞が貼ってあります。
「爱你〜The Best Thing〜」というドラマは、映像も音楽もほんとうに素晴らしくて、そう、中国という国に対して興味も関心も持たず、40数年前のゴダイゴの西遊記時代のイメージでストップしていた愚かな自分は、あまりのことに動くことができなくなりました。・・・まあ、骨折してるから動けなかったという説もありますけれども、骨折していることを忘れてしまうほどに集中して繰り返し繰り返し録画したドラマを見ておりました。
実は、近年、私は日本のドラマを見ることがほとんどなく、いや、厳密に言えば…かなりの数のドラマを一応初回くらいは見ているのです。が、集中できずに席を立つことがほとんどで、直近でトイレに立つこともせず集中できたのはVIVANT・・・だけかもしれません。昭和生まれの婆さんにとって、日本のドラマは何か物足らないのです。心が動かない。たぶんそれは、戦中派の親を持ち、バブル時代以前に子供時代を送り、そして青春時代はバブル真っただ中だったから・・・なのかもしれません。
「紅豆生南國 春來發幾枝」
それに気づかされたとき、自分がとてつもなく浅く、思慮に乏しい貧しい人間であることを思い知らされました。中国の人々はドラマのあの場面を見て王維の漢詩を思い出すわけでしょ?すごいですよね、そういう共通理解が当たり前のようにあるってすごい、すばらしい。私なんて、歴史も文学(古典)もほとんど学んでいないし覚えてなんかいないから、知識は昭和時代ばかり。ドリフターズと仮面ライダーと「上毛かるた」しか共有できるものがないわ。あ~・・・日本の方々にも諸外国の方々にも・・・ほんと申し訳ありません。これから頑張っていろいろ勉強しますのでどうかおゆるしください。
「你就像一阵温柔的风」という歌詞の「风=風」という言葉がとても気になりました。この一文を「あなたはまるで優しいそよ風のようだ」とグーグルは翻訳してくれましたが、
「風」という漢字を日本語で読むなら、「かぜ」であり「フウ」なのですが、薩吉さんの歌を聴いていると「ふぉん」というような音が聞こえてきます。「风=風」の日本語読みの「かぜ(尖って強い感じの音)」 でも「フウ(抜けたような通り過ぎていく感じの音)」でもないふわっとした「ふぉん」という音を聞くと、たぶん私の頭にはシフォンの生地やシフォンケーキがイメージされ、さらにこの詩では「風」の前に「柔」という言葉があり、「柔」は「その漢字の意味は間違いなく知っているであろう日本人」の私が知るような「ジュウ」でも「ニュウ」でもなく「ろう」というような音に聞こえるので、とても丸く、ほんとうに穏やかなイメージが私の脳内に形成されるため「ふぉん」がもっと「ふぉん」になるように感じるわけです。
そういうことを感じながら2コーラス目まで読んでいくと、そこには「深秋风中 拥你入胸怀」(晩秋の風の中、私はあなたを腕の中に抱きしめる)という一行があり、この歌における「風」という存在、イメージ、役割は、私たち日本人が思い描くような「風(かぜ)」とは異なるのではないか、と思ったのです。王維の詩を引用するという方法をもって深く広いものを見せていただいたわけですが、「風」と言えば何々という、わたしのような浅慮で無教養な人間には簡単には思いつくことができない深くて広い何らかのイメージ、象徴されるものがそこにはあるのではないか、と思ったのです。そして、ちょうどこの歌詞が貼ってある隣にヘブライ語の創世記1章1節が貼ってあったから、且つ私が40年もの長きにわたって聖書に親しんできたことによるのだと思いますが、この「風」はヘブライ語のルーアハに近いものがあるのではないか、と思えてきたのです。
すると次の瞬間、私の脳は高校生の時に学校で教わったような気がする「老荘思想」における「風」を思い出したわけです。そして「道」タオを思い出し、「道」だと思った瞬間、旧約聖書の箴言に書かれていた「道」という言葉が思い出され、自由な一陣の風が・・・私にとってはルーアハという言葉が最もフィットするわけですが、もしかしたら「気」なのかもしれない自由な一陣の風が私の中を吹き抜けていくような感じを覚えました。
そう、 「爱你〜The Best Thing〜」きっかけでTCMについても学び始めたのですが、中国伝統医学の考え方って色眼鏡を外していろいろそぎ落としつつ眺めたら旧約聖書の思想だよね、と思うことがありました。
(キリスト教信仰を離れ自由に思索する日々です。不快に思われた方にはごめんなさい)
「爱你」で何蘇叶医生がやっていたような棒灸は煙がすごそうなのでまだ試していませんが、ドラマを見て以降、せんねん灸を買って毎日続けている私。お灸に火をつけるためにろうそくとマッチを買ったら、なんとなく今度はお香にも興味がわきまして「薬屋のひとりごと」の壬氏さまの香りでおなじみの白檀のお香を購入、時々焚いております。
小さいころ、父親の葬儀で大量のお線香がたかれたことがきっかけでお線香が大嫌いになり、「そんなことならキリスト教徒になるしかないじゃない!」という意味不明なアドバイスを母親からもらったことがきっかけでキリスト教の求道を考え始めた私!60歳となった今年、まさかこういう展開になるとは思いもしませんでした。還暦とはよく言ったものです。(笑)
…大好きなパンダにも会いたいから、いつか中国に行ってみたいわ。
中国、歴史のある国はいろいろ奥深いですね。興味関心が偏っていたのでそういうことに気づかず、否、気が散って間違った道に行くことを恐れて一つのもの以外は見ないようにして暮らしておりました。もったいないことをしました。これからはいろいろなことに関心をもって、学ぼう学ぼう。