【調べ学習】2つのהヘーにはさまれた3文字の単語
前回の調べ学習で、גギメルが2つのהにはさまれたהגהに「かなかすを取り除く」というみ言葉の「取り除く」という意味があるということを調べました。
そのことについては、いつものように辞書を調べたらそういう言葉だったというだけのことで、それほど深く考えてはいなかったのですが、たまたま今日、本当にたまたまなのですが、読んだ箇所に2つのהヘーにはさまれた単語を見つけまして
הַוָּה Strong's Hebrew 1942 havvah ハヴァ
これは Mischief, calamity, desire, ruinという意味があり、
聖書には15回登場する言葉でした。
いたずら、災難、欲望、破滅!って・・・。
で、1943番にも同じ文字列の単語があり、そちらは
הָוהホヴァと読み、
イザヤ書47章11節、エゼキエル書7章26節に2回 計3回聖書に登場するだけのレア語でした。
で、1943番についてTopical Lexiconには
標的に「降りかかる」圧倒的な災厄を「襲う」という意味合いを持つ。そのイメージは、何かが自ら崩壊していく様子、つまり突然かつ避けられない破滅を暗示している。この言葉は、ありふれた苦難には決して用いられず、あらゆる人間の防御を打ち破る、神によって定められた大惨事を象徴する。
😟
たまたまとはいえ、2つのהヘーにはさまれた単語を3つ知ってしまった上、それぞれにこんな意味があるのでは・・・この際גギメルとוヴァヴ以外の文字を挟んだらどんなことになってしまうのか調べておいた方がいいんじゃないかという思いになりまして、ちょっと調べてみました。
הָדָה Strong's Hebrew 1911 hadah ハダ
1911番はイザヤ書11章8節1か所に使われていて「手を伸ばす」という意味です。
乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。(口語訳)
この箇所は悪いお話ではないわけですが、なかなかな場面。
הָזָה Strong's Hebrew 1957 hazah ハザ
1957番はイザヤ書56章10節にだけ使われている言葉です。「夢を見る」という言葉。
見張人らはみな目しいで、知ることがなく、みな、おしの犬で、ほえることができない。みな夢みる者、伏している者、まどろむことを好む者だ。(口語訳)
なまけももの~怠惰~って感じの「夢見る」ってやつですね。
ちなみに、以前学んだことがあるイザヤ書8章20節に
הַזֶּ֔הという言葉があるのですが、これは2088番のזֶהの先頭ににהヘーが付いた言葉でした。そういう言葉も気になりますね。
でもこういう言葉は一つずつみ言葉を読んでいかなければ気づけないことなので、今後、意識して見ていこうと思います。
הָיָה Strong's Hebrew 1961 hayah ハヤ
これは創世記1章に大量に現れる、というか、いろいろに形を変えて聖書全体で3561回登場する言葉です。何かが「起」こったり、「存在」するようになったり、見えない神さまご自身が「見えてくる」言葉です。並び順は違うけれどもここにוヴァヴが加われば神聖4文字になりますしね。
注意すべきは同じ文字列で読み方が違う1962番
הַיָּה hayyah ハイヤ
これはヨブ記6章2節だけ、たった一度だけ登場することばで、意味としては上に書いたוヴァヴがהヘーの間に挟まったハヴァやホヴァとおなじような災難を表すみたいなのですが、ただ、ここで注意すべきはこれはヨブに降りかかっている災難であるということなのです。
どうかわたしの憤りが正しく量られ、同時にわたしの災も、はかりにかけられるように。(口語訳)
災いと言っても悪い人に降りかかるものではない、という区別が見えることば。 天から降ってくるוヴァヴではなく神さまの右のみ手であるיヨッドがהヘーに挟まっているという違いがこういう深い意味の差になるわけですね。
הָמָה Strong's Hebrew 1993 hamah ハマ
つぶやく、吠える、うなる、騒がしい、乱暴になるという意味で、聖書中に34回登場する言葉です。
洪水や地震の音、獣が低く喉を鳴らす音、神さまの支配に反抗した騒乱・・・
しかし、天地をつくられた全能なる神さまはそれらをしずめるお方であるということを教えてくれます。
主は言われる、あなたがたはわたしを恐れないのか、わたしの前におののかないのか。わたしは砂を置いて海の境とし、これを永遠の限界として、越えることができないようにした。波はさかまいても、勝つことはできない、鳴りわたっても、これを越えることはできない。
エレミヤ書5章22節(口語訳)
הֵנָּה Strong's Hebrew 2007 hennah ヘナ
これら、そのような、あれら という意味で使われ、聖書中には48回登場。
単なる代名詞のように思えますが、Topical Lexiconによれば
この語は神、話し手、または行為が焦点を当てているまさにその場所に聞き手を呼び込むことで、即時性、緊急性、または厳粛性を高める文学的手法
とあり、この言葉を見たら心をとめるべきポイントが書かれていると考えるべきなのでしょう。
2008番も同じ文字列、同じ発音で הֵנָּה
2009番も同じ文字列でהִנֵּה 発音はhinneh ヒネ
「見よ」というような翻訳のされ方をしていて、
創造の恵みを解き明かすとき、契約の条項を明らかにするとき、裁きを宣告するとき、メシアの希望を告げるときに、読者が敬虔な期待をもって立ち止まるよう促す言葉として用いられているようです。
הָסָה Strong's Hebrew 2013 has ハス
静かに!黙れ!という意味で、聖書中には8回登場。
すべて肉なる者よ、主の前に静まれ。主はその聖なるすみかから立ちあがられたからである。ゼカリヤ書2章13節(口語訳)
סサメフですか?なぜサメフなんだろう。サメフを挟むと静まれですか・・・
הָרָה Strong's Hebrew 2029
聖書に43回登場し、文字通りの意味でも比喩的な意味でも「妊娠する」ということを表す言葉。
הָרֶה Strong's Hebrew 2030
こちらは「妊娠している」状態を表す言葉。聖書に16回登場。
なんでרレーシュ(頭)が挟まると妊娠になるのだろう…おなかが出ている感じ?赤ちゃんは頭から出てくるから?難しいですね。
考察が必要ですね。でもとても興味深い。
辞書を目で追って言葉を拾ったので、落ちている言葉があるような気もしますが、あしからずご了承ください。