昨夜、繰り返し繰り返しもたらされた豪雨の中で考えていた「翻訳聖書」のことと、「かなかすを取り除く」という言葉について調べた話
昨日はここのところ「アジドラ」で放送されていた「南城宴」の最終回でした。南城宴はYouTubeの翻訳機能を使って繰り返し見ていたドラマだったのですが、自動翻訳ではわからない個所が少なからずあり、
やっぱり「人の手」が少なからず加えられているであろう「字幕」はいいな、とあらためて思いました。文字数の関係でかなり省略されているところはあるのですが、いや、むしろそこを落とすことによって「日本語しか理解できない」私がすっきりと理解できるよう工夫されている、と、「意味がわからな過ぎて自動翻訳されたセリフを暗記するほど眺めていた」私としては非常に感動いたしました。
そして改めて、自分が翻訳聖書に対して関して抱いてしまった悪しき感情ついても考えるに至り、
追い払われたという箇所が1898番です。
やっぱり「人の手」が少なからず加えられているであろう「字幕」はいいな、とあらためて思いました。文字数の関係でかなり省略されているところはあるのですが、いや、むしろそこを落とすことによって「日本語しか理解できない」私がすっきりと理解できるよう工夫されている、と、「意味がわからな過ぎて自動翻訳されたセリフを暗記するほど眺めていた」私としては非常に感動いたしました。
そして改めて、自分が翻訳聖書に対して関して抱いてしまった悪しき感情ついても考えるに至り、
これまで自分が抱いていた怒りと拒絶ばかりではない、かなり、かなり、寛容な思いがわいてきました。(この気持ちに至らせるための、自分にとっては未知の言語である中国語のドラマとの出会いだったような気すらしました)
で、南城宴の最終回、「蕭権」という人の末路を眺めていたらふと、「かなかすを取り除く」というみ言葉が思い浮かびまして(笑)
調べ学習をしてみました。
思い浮かんだ「かなかす」のところ(多分私の脳内にあったのは新改訳のみ言葉)
私が持っている最も新しい翻訳聖書にはこう書いてあります。
私が持っている最も新しい翻訳聖書にはこう書いてあります。
銀から金滓を取り除け。
そうすれば、細工師は器を作ることができる。箴言25章4節(聖書協会共同訳)
「銀から金滓を取り除け」とは銀にまざっている不純物を取り除け、という意味です。
「取り除け」と翻訳されているヘブライ語は
הָגָה Strong's Hebrew 1898 hagah
この言葉は聖書の中にわずか3回しか登場しないレア語でした。
うち2回はこの箴言25章で、上に引用した4節と、もう一か所5節です。
王の前から悪しき者を取り除け。そうすれば、王座は正義によって確かなものとなる。箴言25章5節(聖書協会共同訳)
そして3か所目はイザヤ書27章8節で
あなたは彼女を追い立て、追放し、彼女と争った。東風の日に、その激しい風で彼女を追い払われた。
で、「激しい風で彼女を追い払われた」という言葉を見たときに、1898番のヘブライ語の文字構成が「風」で追い払う雰囲気になっていることに気づきました。
הָגָהという単語は
גギメル「らくだ」という意味を持ち「大きいもの」を表す文字を中央において両側にהヘーがあります。
הはアブラムがアブラハムになった時についた「ハ」であり、
神さまのお名前である神聖四文字のうちの二文字です。
ウィキペディアの「フェニキア文字」の項を見ますと、הヘーは「窓」を表していると書かれています。そのイメージをもってこの文字を見る時、私には文字の左上にある「隙間」から風が入ってくる、そんなイメージがわきます。
הはアブラムがアブラハムになった時についた「ハ」であり、
神さまのお名前である神聖四文字のうちの二文字です。
ウィキペディアの「フェニキア文字」の項を見ますと、הヘーは「窓」を表していると書かれています。そのイメージをもってこの文字を見る時、私には文字の左上にある「隙間」から風が入ってくる、そんなイメージがわきます。
גギメルという大きなものに風、הヘーを吹き付けて、גギメルの向こうにהヘーがもうひとつありますから、風は通り過ぎることができてしまったのか、それとも、おおきなגギメルがהヘーできよめられたということなのか。
そうそう、きよめるという意味のあるヘブライ語としてこんな言葉があります。ストロングの辞書では2891番です。
טָהֵר
タヘル。先頭の文字はטテットで、טテットの向こうにהרハルがある。
הרハルは山、「ハルマゲドン」のהרハルです。
טテットは壺とか器とかの形からできた文字です。器を山のところに持っていくときよくなる。
טテットは壺とか器とかの形からできた文字です。器を山のところに持っていくときよくなる。
そしてהר「山」のむこうにג「らくだ」が置かれている単語は、
הרגハラグ「破壊する、殺す」」という意味です。
同じ綴りですが読み方が変わってהרגへレグになるとこれは虐殺。イザヤ書30章25節に登場する言葉です。
なぜהָגָה以外の単語の話をわざわざ書いたのかというと、
いや、深い意味はないのすが、ヘブライ文字の単語って新約聖書を持っている立場で読むといろいろ考えさせられるなあ、と思ったからです。
あちこち読んでいろいろ考えたらもっともっと深く聖書が読めそうな気がしませんか?まあ、私のように教会から落ちこぼれてはいけません。
イエスさまを信じた人たちが「家に」帰れと言われたのは、私のように落ちこぼれると結構大変だから、ということではないか、と思う今日この頃。(笑)
הָגָהの話に戻ります。
旧約聖書の当時、銀の精錬は灰吹法(はいふきほう)で行われていたらしいです。
日本の金山(きんざん)でも行われていたという精錬方法「灰吹法」とは、読んで字のごとくで、
「るつぼ」(=高熱を利用して物質を溶かしたり混ぜたりする際に使う耐熱容器)の中に
動植物の「灰」を入れ、
その灰の上に「鉛(なまり)」と「不純物を含む銀」を置いて
加熱して「混合物」を作り、
その加熱された混合物に向けて「空気をふいごで吹き付ける」と、
日本の金山(きんざん)でも行われていたという精錬方法「灰吹法」とは、読んで字のごとくで、
「るつぼ」(=高熱を利用して物質を溶かしたり混ぜたりする際に使う耐熱容器)の中に
動植物の「灰」を入れ、
その灰の上に「鉛(なまり)」と「不純物を含む銀」を置いて
加熱して「混合物」を作り、
その加熱された混合物に向けて「空気をふいごで吹き付ける」と、
銀に含まれる不純物が鉛と一緒に灰にしみこんでいき、
灰の上に純粋な銀が残る
金や銀はそういうやり方で精錬していたんだそうです。
(今は電気で精錬するようです)
(今は電気で精錬するようです)
だから空気、風という言葉が見えてくるようなהָגָהという文字列になったわけですよね。
・・・「風」、「神さまの御霊」のなされる御業をつくづく考えさせられます。
神さまは個人をきよめ、教会をきよめ、地をきよめ、
טテットのつくטובトーブ
טテットのつくטובトーブ
つまり、創造の初めに神さまが人間をつくられたときにおしゃった「はなはだ良い」という意味のטובを再び見せてくださる。
地球が創造の前の状態=混沌や茫漠のようになるとしても、
るつぼの中に入れられた動物や植物の灰の上に残っていた純粋な銀のように「風は」最後の仕上げをしてくださる。
るつぼの中に入れられた動物や植物の灰の上に残っていた純粋な銀のように「風は」最後の仕上げをしてくださる。
本日の最後に、
「金滓」という言葉を日本聖書協会の本文検索ページで検索してヒットした預言書の言葉を引用します。
人の子よ、イスラエルの家は私にとって金滓となった。彼らは皆、炉の中で、銅、錫、鉄、鉛であったが、銀の金滓となった。それゆえ、主なる神はこう言われる。あなたがたが皆金滓となったので、私はあなたがたをエルサレムのただ中に集める。エゼキエル書22章18,19節