人の心は陰険で
心はよろずの物よりも偽るもので、
はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、
その行いの実によって報いをするためである」。
エレミヤ書17章9,10節(口語訳)
邪悪な人が近所に現れ( ̄▽ ̄;)胃痛がするほどでしたが、「放心」と言う中国語が助けになりました。
「放心」つまり、心を放すことによって心配しないという発想が、日本語で思考する私にはこれまで持てず、邪悪な人の悪意ある言動が思考の中に居座り続け、相当に深いところまで入り込んで打ちのめされるという人生でした。
しかし、
邪悪な人の言葉を受けて考え込む私の頭の中に「你放心!」という明るい誰かの声が聞こえたような気がしました。
そして反射的にめずらしく強気な心でEnough, enough!と思いました。
revealだ、そうだ、私はもう考えなくてもいい、夜が明けるのだ、明るくなれば邪悪な者は暴かれるのだ、いつまでもいつまでも闇に支配された世界ではないのだ、とも思いました。
まあ、これまでだってεσχατονだったのですからそう思っていればよかったのかもしれませんが、思考癖に支配された人生でした。
今回はエレミヤ書17章9節の御言葉も思い浮かびました。こういうときに聞こえてくるのは人生で一番長く読んでいた新改訳聖書の御言葉です。それを今日のタイトルにしました。
「人の心は陰険で」
口語訳では「心はよろずの物よりも偽るもので」とあります。
「陰険」とか「偽る」というところ
ここに使われているヘブライ語は
עָקֹב Strong's Hebrew 6121 aqob
聖書の中にはたった3回しか登場しない言葉のようです。
イザヤ書40章4節、エレミヤ書17章9節、もう一つはホセア書6章8節です。
イザヤ書40章4節はこういう箇所です。
もろもろの谷は高くせられ、
もろもろの山と丘とは低くせられ、
高低のある地は平らになり、
険しい所は平地となる。
そして ホセア書6章8節はこういう箇所です。
ギレアデは悪を行う者の町で、
血の足跡で満たされている。
BIBLE HUB のTopical Lexiconによれば6121番のイメージは
真の秩序から外れて曲がったもの
神が与えた秩序から逸脱した具体的なイメージ
なのだそうです。
谷であるべきではなく谷であり続ける必要のないものが低くあり続けさせられる世、
山や丘であるべきではないのにのに山や丘であり続け、谷をいっそう低くしてしまうものが存在する世、
平地であっても住みにくい歩きにくい、でこぼこしたり険しいところも
神さまは救い主は「平らに」してくださる。
「平ら」ではなかったのは人間の本性によるもので、そのような
神さまから離れた、堕落した人間が神さまに敵対する国家をつくり、御心を行おうとしている「立場の弱い」人々をひどく苦しめ、悪い方向に持っていこうとするわけですが
神さまは必ず救ってくださる!
最近ブログのタイトルの下に書いていますが
But the one who perseveres to the end will be saved.
信じます。
信じましょう。
頑張ろうね!