今日も日本聖書協会の聖書本文検索をつかって「油」という言葉を検索してみました。
すると、とてもたくさんのみことばがヒットしました。
創世記では記念碑に注ぎかけるものとして油が登場しました。
出エジプト記~申命記では
常夜灯の油、聖別するときに注ぐ油、パンの材料、ささげもの、
清めるための油、祭司職に任命されるときに注がれる油、
士師記以降では王が任命されるときに注がれる油
預言者の任命のための油というのもありました。
そして、非常に直接的な油をゼカリヤ書とヨハネの手紙に見つけました。
わたしと語った天の使がまた来て、わたしを呼びさました。わたしは眠りから呼びさまされた人のようであった。彼がわたしに向かって「何を見るか」と言ったので、わたしは言った、「わたしが見ていると、すべて金で造られた燭台が一つあって、その上に油を入れる器があり、また燭台の上に七つのともしび皿があり、そのともしび皿は燭台の上にあって、これにおのおの七本ずつの管があります。 また燭台のかたわらに、オリブの木が二本あって、一本は油をいれる器の右にあり、一本はその左にあります」。 わたしはまたわたしと語る天の使に言った、「わが主よ、これらはなんですか」。 わたしと語る天の使は答えて、「あなたはそれがなんであるか知らないのですか」と言ったので、わたしは「わが主よ、知りません」と言った。 すると彼はわたしに言った、「ゼルバベルに、主がお告げになる言葉はこれです。万軍の主は仰せられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。
ゼカリヤ書4章1~6節
子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。彼らはわたしたちから出て行った。しかし、彼らはわたしたちに属する者ではなかったのである。もし属する者であったなら、わたしたちと一緒にとどまっていたであろう。しかし、出て行ったのは、元来、彼らがみなわたしたちに属さない者であることが、明らかにされるためである。しかし、あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている。わたしが書きおくったのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、それを知っているからであり、また、すべての偽りは真理から出るものでないことを、知っているからである。偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。御子を否定する者は父を持たず、御子を告白する者は、また父をも持つのである。 初めから聞いたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初めから聞いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子と父とのうちに、とどまることになる。これが、彼自らわたしたちに約束された約束であって、すなわち、永遠のいのちである。 わたしは、あなたがたを惑わす者たちについて、これらのことを書きおくった。あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。それはまことであって、偽りではないから、その油が教えたように、あなたがたは彼のうちにとどまっていなさい。
そこで、子たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼が現れる時に、確信を持ち、その来臨に際して、みまえに恥じいることがないためである。 彼の義なるかたであることがわかれば、義を行う者はみな彼から生れたものであることを、知るであろう。
ヨハネの手紙第一2章18~29節(口語訳)
油はまちがいなく聖霊さまのことですね。